大阪地方裁判所 昭和38年(行)5号 判決 1963年6月25日
原告 高野宇三郎
被告 東住吉税務署長
訴訟代理人 叶和夫 外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
原告がその妻菊江と婚姻生活を営む者であること、その昭和三六年分所得税の確定申告に当り、原告名義で取得した同年中の事業所得五八八、〇〇〇円、給与所得一九三、六〇〇円、配当所得一〇三、七五〇円のうち、事業及び給与所得の半額と配当所得の合計額四九四、五五〇円を原告の総所得として被告に対し確定申告書を提出し、一方原告の妻菊江も右事業及び給与の各所得の半額をその所得として同様確定申告書を提出したところ、被告は右菊江の申告分を原告の所得と認定し原告の申告分に合算しその合計額八八五、三五〇円を原告の所得金額とする旨の更正決定をなし、昭和三七年七月三日原告に右通知を送達したことは当事者間に争いはない。そしてまた本件更正処分のうち原告の自認する金四九四、五五〇円を超える金三九〇、八〇〇円の所得は原告がその名において得たものであることは当事者間に争いのないところであり、民法七六二条一項によると右所得は原告の特有財産である。所得税は所得税法の施行地に住所を有し又は一年以上居所を有する個人に対しその所得の全部について課するものであることは同法の定めるところであるから、右所得を原告の所得とする本件更正処分にはなんら違法の点はない。
原告は、憲法二四条一項が婚姻は両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならないと定めているところからして、夫婦は一対であつてそのいずれかの得る所得は即ち他の所得である旨こまごまと主張する。しかしながら、民法七六二条一項で夫婦別産制が採用されたのは、封建的家父長的家族制度を廃し妻の地位を高めるために妻に特有財産を認め、その衝平上夫にもこれを認めることとしたものであつて、右民法の規定が夫婦共有財産制を定めるものとも、また憲法の理念に反し違憲のものであるとも言うことはできない(最高裁判所昭和三六年九月六日大法廷判決民集一五巻八号二〇四七頁参照)。原告の主張するごとく夫婦の一体性一単位であることが倫理約道徳的意味のみならず法的にも言えるならば、所得の確定申告においても「単位としてなすべきでこれを夫と妻の両者から提出するのも不合理である。加うるに、税法においてはかならずしも民法上の諸原則に従わなければならないものではなく、これとは別に徴税上の便宜、租税回避の防止、実質課税の原則、課税平等などの法律的又は技術的な要請を考慮して独自の所得概念、徴税方式をとることも合理的であつて、憲法の禁じるところではない。夫婦は同居し、互に協力し、扶助しなければならないことは明白であるが、ここに協力というのは婚姻関係の維持についてであつて、経済活動についてではない。経済活動についても協力する夫婦は多いであろうが、これは婚姻関係から生じた必然の義務ではない。そして、妻が夫の経済活動に協力しているのが普通であるけれども、その協力寄与の程度は千差万別であつて、その度合が常に原告主張の如く夫の所得の半額に相当するものと断定することができなく、これが正確なる把握は著しく困難である。従つて所得に対する夫婦(内縁の夫婦も同じことになる)の協力の具体的割合を正当に評価してその各自に帰属すべき所得額を算定しなければならないこととすると課税が著しく困難となるであろう。所得税法はこの困難を避け、夫婦者の所得は他の配偶者の寄与の有無割合等に拘らず、これをその取得名義人の所得として課税し、普通の夫婦者といわゆる共稼ぎ夫婦又は独身者との課税上の公平性は、配偶者控除等の制度により調整することとしているものである。一般に配偶者の協力による家事労働等については、自らこれを処理するときは経済的活動力を制限されることになるし、家事使用人により処理するときは出費を要することになるから、基礎控除、累進税率等を考慮しても、夫婦の協力によりその一方が財産を取得する場合に比しいわゆる夫婦共稼ぎや独身者が税法上優遇されているものと断定することができない。
したがつて本訴請求は失当として棄却すべく(なお、本件更正処分中原告が確定申告をしている所得金額の取消を求める部分については、訴の利益はないとの見解も考えられるが、当裁判所はこれを採らない。)訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 前田覚郎 平田浩 野田殷稔)